東京地方裁判所 平成5年(ワ)2734号 判決 1993年6月01日
主文
一 被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
理由
第一 請求
被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 当事者の主張及び訴訟法上の問題
一 請求原因
1 被告は、日刊新聞の発行等を目的とする株式会社であるが、被告が発行する日刊紙「内外タイムス」昭和六〇年九月二七日付け紙面(第一面)において、「虚飾の演技人間を“病理解剖”」、「甲野留置場の陶酔」、「演技性人格障害、空想虚言症」等の見出し及び「悪のパフォーマンスに酔い痴れる異常男」との記載を含む見出しを付した別紙一、二のとおりの原告に関する記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、これを頒布した。
2 本件記事は、その読者をして、原告が異常性格者であると理解させるものであり、被告は、本件記事の掲載及び頒布によつて、原告を著しく侮辱し、かつ、原告の名誉を著しく毀損した。
3 被告は、右侮辱及び名誉毀損行為によつて、原告に対し多大の精神的苦痛を与えたのであり、原告が被つた損害は、少なくとも金三〇〇万円を下らない。
4 よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金三〇〇万円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和六〇年九月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 原告は、東京拘置所に未決勾留中の刑事被告人であるところ、東京拘置所長に対し、本件第一回口頭弁論期日への出頭についての許可を求めたが、許可を得ることができなかつたために、やむなく右期日に出頭することができなかつたことは、当裁判所に顕著な事実である。
また、被告は、適式の呼出しを受けたにもかかわらず、本件第一回口頭弁論期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面を提出しない。
三 一般に、当事者の一方が最初に為すべき口頭弁論期日に出頭しないときには、当該期日を延期するか、又は延期せずに民事訴訟法(以下「法」という。)一三八条を適用すべきものと解釈されており、当事者双方が口頭弁論期日に欠席した場合には、裁判所としては、職権で次回期日を指定するか、又は次回期日を指定せずに法二三八条を適用することができるものと解釈されている。
四 本件は、当事者双方が口頭弁論期日に欠席した場合に該当するが、本件に法二三八条を適用するのは、妥当ではない。なぜなら、同条は、当事者双方が事件の進行を欲しないことに対する措置を定める趣旨の規定であつて、双方欠席の場合には、その後三箇月以内に期日指定の申立てがされない限り、両当事者に訴訟を追行する意思のないものとして、訴えの取下げがあつたものとみなすこととしているのであるが、前記のとおり、本件においては、原告は、訴訟を追行する意思があるにもかかわらず、期日に出頭することができないことが明らかであるからである。本件のような事情がある場合に、双方欠席の場合であるからといつて、機械的に同条を適用すると、未決勾留中の原告から憲法上保障された裁判を受ける権利を奪つてしまうことになる恐れがある。
五 それでは、法二三八条を適用せずに、当裁判所が本件第一回口頭弁論期日を延期して職権で次回期日を指定したらどうなるであろうか。
東京拘置所は、未決勾留中の刑事被告人が当事者となつている民事訴訟の口頭弁論期日への当該被告人の出頭については、弁論のみが予定されている期日については出頭を許可せず、本人尋問、証人尋問等の証拠調べが予定されている期日に限つて出頭を許可する旨の基準を設けていることは、当裁判所に顕著な事実である。したがつて、第一回口頭弁論期日を延期して次回期日を指定したとしても、弁論のみが予定されている期日である限り、原告は、期日への出頭が許可されないために、次回期日も再び欠席せざるを得ないであろうことが予測される。
他方、被告は、事前に期日の変更を申し出ることなく、本件第一回口頭弁論期日に出頭しなかつたのであり、呼出しを受けてから本件第一回口頭弁論期日までには一箇月余りの余裕があつたのに、何ら応訴の準備をしなかつたのであるから、被告には応訴の意欲がないことが窺われ、第一回口頭弁論期日を延期して次回期日を指定したとしても、被告が次回期日に出頭しない可能性が高い。
したがつて、仮に、当裁判所が本件第一回口頭弁論期日を延期して職権で次回期日を指定したとしても、再び双方欠席の状態となる可能性が高く、そうすると、期日の延期と次回期日の指定を繰り返すことになつて、訴訟が際限なく長引き、審理が空転したまま、いつまでたつても終了しないという異常な事態が発生し、原告の権利保護の早期実現が阻害されるという不当な結果がもたらされる。
六 そもそも、法一三八条は、最初の口頭弁論期日に原告が欠席した場合には、原告の訴状陳述がないと、被告が弁論する主題がなく、弁論手続を進めることができず、訴訟の進行が妨げられ、個々の事件の解決が遅れるのみならず、訴訟制度の機能が働かなくなることから、不出頭の原告が提出した訴状その他の準備書面を陳述したものとみなすことにして、訴訟の進行を図る趣旨で規定されたものであり、そのこととの権衡上、被告が欠席した場合にも答弁書その他の準備書面を陳述したものとみなすことにしたものである。
最初の口頭弁論期日に双方が欠席した場合であつても、本件のような事情があるときには、原告が訴状を陳述したものとみなして、訴訟の進行を図る必要性があることは、当事者の一方のみが欠席した場合と何ら変わりがない。また、同条の文言も、「原告又は被告が最初に為すべき口頭弁論の期日に出頭せず又は出頭するも本案の弁論を為さざるとき」と規定するのみで、当事者の一方の欠席の場合に明示的に限定して規定しているわけではない。
したがつて、当事者双方が最初に為すべき口頭弁論期日に欠席した場合であつても、少なくとも本件のような事情があるときには、法一三八条が適用されるものと解するのが相当であるから、原告が本件第一回口頭弁論期日において請求の趣旨及び原因を記載した訴状を陳述したものとみなすこととする。
これに対し、被告は、適式の呼出しを受けたにもかかわらず、本件第一回口頭弁論期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面を提出しないので、法一四〇条三項本文において準用する同条一項本文により、請求原因1及び2の各事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。
七 以上によれば、本件訴訟は第一回口頭弁論期日において裁判をするのに熟したものと認められるので、当裁判所は同期日に弁論を終結した。
第三 当裁判所の判断
争いのない請求原因1及び2の各事実によれば、原告は、本件記事により、侮辱され、その名誉を毀損されたものと認められる。本件記事の内容を考慮すると、原告に対する損害賠償の額は、金三〇万円をもつて相当とする。
以上によれば、原告の本訴請求は、不法行為による損害賠償としての金三〇万円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和六〇年九月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 近藤崇晴 裁判官 伊勢素子)
裁判官 野山 宏は、転補のため、署名押印することができない。
(裁判長裁判官 近藤崇晴)